東京地方裁判所 昭和41年(ワ)404号 判決 1971年3月13日
理由
一、本案前の抗弁
被告は、本件事故はノルトドイチェ・ロイドの海上運送契約による物品運送中の事故であつて、被告とは関係がないので、被告には当事者適格がない旨主張するが、原告の本訴請求は、本件事故は船内荷役を行つた作業員の過失に基づくものであるとして、その使用者である被告に対して不法行為による損害の賠償を請求するものであり、海上運送契約上の責任を追求するものではないから、被告に当事者適格がないとの抗弁は到底採用できない。
二、売買ならびに海上運送
《証拠》によれば、蝶理株式会社がフランツ・モラートから本件物品を代金四万九六九二・二三ドイツマルクで買受ける契約をしたことが認められ、フランツ・モラートがノルトドイチェ・ロイドの間に蝶理株式会社を荷受人として本件物品をハンブルグから横浜まで海上運送させる契約を締結した事実および、ノルトドイチェ・ロイドが本件物品を汽船ヘッセンシュタイン号に積んでハンブルグから海上運送し、同船が昭和三九年七月二六日横浜港に入港した事実は、当事者間に争いがない。
三、本件事故の発生
《証拠》によれば、本件物品は縦一六四センチメートル、横一六五センチメートル、高さ二一〇センチメートルの木箱に収められ、正味重量一八一五キログラム、総重量二〇七〇キログラムであつたが、右木箱はヘッセンシュタイン号の第三番船艙下積中央右翼部に壁面に接して約一八〇センチメートルの高さに積まれた多数の小口の雑貨の上に一側面を壁面に接して積み付けられていた事実および藤木企業株式会社の従業員が右木箱を艙口下まで移動させようとして、フォークリフトの爪を右木箱の下に差入れ前記雑貨の上から幾分持ち上げ、ついで右木箱を約半分程引出したところ、右木箱がフォークリフトの爪から転落して右木箱の上部が直接床面に衝突し、本件物品が破損した事実が認められ、右認定に反する証拠はない。
四、本件事故の原因
《証拠》を総合すれば、本件物品は木箱の底にボルトで固定されており、重心は上下方向では中程、水平方向ではほぼ中央にあり、木箱の下部四角にスリング・マークが表示されているが、右木箱はこのスリング・マーク附近にフォークリフトの爪を差込んで移動させる限りはバランスのよい貨物であつた事実が認められ、《証拠》中右認定に反し本件物品がトップ・ヘビーであつたとの被告の主張に沿う部分ならびに《証拠》中、右認定に反し梱包が不十分であつたため航海中の振動で本件物品が木箱の中で移動して重心が水平方向で異常に片寄りバランスの悪い貨物であつたとの旨ないしは本件物品がトップ・ヘビーであつたとの旨の各部分はいずれも前記各証拠に照らして信用できず、他に右認定に反する証拠はない。
以上のような貨物の状態ならびに三に認定した積付けの状態からすると、本件物品の重量に比して容量の小さいフォークリフトを用いたとか、フォークリフトの爪の長さが短かすぎたとか、爪の間隔の拡げ方が狭かつたり、爪の差込みが浅かつたり、左右に偏したり、斜めであつたりしたとか、その他、藤木企業株式会社の従業員にフォークリフトの選択又はその操作上の過失がなければ、他に特段の原因が存しない限りは、前記のような転落事故は発生しなかつたと考えられ、そして、本件物品がトップ・ヘビーであつたとの被告の主張はこれを認め難いこと前記のとおりであり、また、被告が主張するように本件物品の積付け状態が悪かつたり、船艙内が狭かつたために本件事故が発生したと認める証拠もなく、その他藤木企業株式会社の従業員の過失以外の事故原因が存したことを認めるに足りる証拠はない。よつて本件事故は右従業員の過失に基づくものと認めるのが相当であり、《証拠》中以上の認定に反する部分は採用できない。
五、被告の使用者責任
ところで、被告はノルトドイチェ・ロイドよりヘッセンシュタイン号の横浜港揚げの貨物の船内荷役を請負い、これを藤木企業株式会社に下請せしめたものであり、そして本件事故が右の船内荷役に関し生じたものであることは被告の自認するところであるが、証人小林亨の証言によれば右船内荷役に従事した藤木企業株式会社の従業員は被告の指揮監督下にあつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて被告は右従業員の過失に基づく本件事故による損害につき使用者として賠償する責任がある。
六、本件事故による損害
《証拠》によれば、本件事故により本件物品は破損して修理不可能となつたが、蝶理株式会社は本件物品の売買代金四万九六九二・二三ドイツマルク(四四七万二三〇一円)、海上運賃一三二九・一七ドイツマルク(一一万九六二五円)、保険料二六〇・六九ドイツマルク(二万三四六二円)を支払い、また販売により得べかりし利益四六万一五三八円を喪失し、更に関税六二万三〇七〇円を支払うべきこととなり、以上合計五六九万九九九六円の損害を蒙つた事実が認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
七、原告の保険代位
《証拠》によれば、原告が昭和三九年七月一七日蝶理株式会社との間に蝶理株式会社を被保険者として本件物品についてヘッセンシュタイン号による海上運送中の危険を担保するため保険金額五七六万四七七〇円の海上保険契約を締結した事実、原告が右契約に基づき全損として蝶理株式会社に同年一〇月一九日五〇七万六九二六円の保険金を支払い、さらに蝶理株式会社が横浜税関に支払うべき関税六二万三〇七〇円について、原告は右会社に対してこれに相当する保険金を支払わなければならないところから、その授受を省略して原告が横浜税関に直接支払つた事実および本件物品には九〇万円の残存価格があつた事実が認められ、右認定に反する証拠はない。したがつて原告は差引四七九万九九九六円の範囲で蝶理株式会社が被告に対して有する損害賠償請求権を保険代位により取得したことが明らかである。
八、抗弁
(一) まず被告は、海上運送人については契約責任のみが成立し不法行為責任は生じないとの見解に基づき、海上運送人の履行補助者にも同様不法行為責任は成立しないと主張するが、契約責任と不法行為責任とは競合して成立しうると解すべきであるから、被告の右見解を前提とする抗弁は失当である。また、被告は被告のような立場の船内荷役業者が本件事故のような損害を賠償することはないとする横浜港における商慣習があると主張するが、そのような商慣習の存在を認めるに足りる証拠もない。
(二) 次に被告は、本件物品がトップ・ヘビーであるのに取扱いに関する指示マークを表記してなかつたことを理由に、免責ないし過失相殺を主張するが、既に認定したとおり本件物品はトップ・ヘビーではないのであるから、右各抗弁はいずれもその前提を欠き採用できない。
(三) 更に被告は、国際海上物品運送法の規定ないし本件物品の船荷証券約款を根拠に、海上運送人の責任は限定されており海上運送人の履行補助者も同様責任が限定されると主張するが、国際海上物品運送法の規定および《証拠》によつて認められる本件物品の船荷証券約款も、被告の不法行為責任を限定する根拠となるとは解し難いから、右抗弁もまた失当である。
九、まとめ
よつて、被告に対し金四七九万九九九六円の損害金およびこれに対する本訴状送達の翌日であること記録上明らかな昭和四一年一月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、すべて理由があるのでこれを認容
(裁判長裁判官 今村三郎 裁判官 海老沢美広 大島崇志)